
Episode-2
~ Middle Game ~
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ある日、ヴェンツェルが理髪店から出ていくと、目の前でローデリヒとばったり遭遇してしまった。ヴェンツェルは心底嫌そうに深い溜息をつき、肩を落とした。
「ヴェンツェル! 奇遇だな」
「……何回目まで奇遇で済ませるつもりだ?」
「いや、今のは本当に奇遇だ。まだ1回目……3回目か?」
ヴェンツェルはローデリヒが長く語り始める前に、さっさと出て行こうと足を踏み出した。
「待って、待ってくれ。君とは色々な話をしてみたいんだ。いや、あの話はしないさ。チェスプレイヤーとして語らいたい」
ローデリヒがそそくさと歩くヴェンツェルを停めるべく肩を掴もうとした時だった。ローデリヒは、初めて出会った時から何も変わっていなかったヴェンツェルが理髪店から出てきた事に疑問を抱いた。
「ヴェンツェル……髪、切ってないのか?」
「ああ?」
思わず間抜けな声を出し、クルッと振り返ったヴェンツェルは、ローデリヒからの予想外の質問に少しの間をあけてから答えた。
「……気になってきたから、剃ってもらった」
ヴェンツェルは頬に手を当てながら、たどたどしく喋ると、それを聞いたローデリヒは大笑いを堪えようと必死になり震え始めた。バカにされているようで、今にも殴りたい気分になったヴェンツェルが、堪らず鞄を持つ手を胸の上辺りまで持ち上げると、その鞄で殴られるのではと察したローデリヒが暴れ馬を大人しくさせるような仕草をヴェンツェルに向けた。
「いやいや、そういうのは自分で剃るものだぞ、理想のスタイルになれるからな」
「この手でカミソリを使いたくない」
「だったら別の髭剃りを使えばいい、シェーバーとかあるだろ?」
「そういう問題じゃない」
ヴェンツェルはテキトーにあしらっていただけだったが、ローデリヒはヴェンツェルがアンパッサン事件での被害から刃物を恐れているのでは、と思い至った。どうであれ、今もなお未解決の凄惨な夜を思い出すなど、ヴェンツェルが望んでいないのは当然だった。
我に返ったような顔をするローデリヒを見たヴェンツェルは、フンッと向き直ると早歩きで去っていった。
結局、二人はまたしても少々喋っただけという結果にはなったが、それがローデリヒの好奇心を更にくすぐっていくことに変わりはなかった。