top of page

Episode-2
~ Middle Game ~

Es gibt nur Fortschritteロゴ.png

Page

 3日後。
 白い薄手のコートを靡かせるローデリヒが、またしても酒場に赴いていた。目的はヴェンツェルとのチェス以外にありえない。今日こそは、と期待に胸を膨らませ、ずいずいと歩いていく。
 目的地にはすぐに着いた。外からは店内の喧騒がある程度は伺えたが、今はやけに雰囲気が違う。
 窓を覗いてみる。一つの場所を取り囲むように人だかりが出来ていた。誰か、腕に自身がある人がヴェンツェルと対局しているのだろうか、そんな事を考えていたローデリヒは、ワクワクしながら酒場のドアを開けた。

 中に入った途端、聞こえてきたのは緊迫感のある声だった。楽しそうに盛り上がっている様子などはない。
 「おい、大丈夫か……?」
 ローデリヒは戸惑った。一体何があったのかを確かめるべく、ざわつく客たちを躱しながら恐る恐る人だかりの中心へ行くと、左右で長さの揃っていない赤毛の人物が苦しそうにうずくまっていた。特徴的な髪型から、苦しんでいる人物がヴェンツェルだとすぐに分かった。
 常に被っていた帽子が床に落ちており、チェスセットを仕舞うケースが半端に開かれている。これが良くない状況なのは明白だった。ローデリヒは真っ直ぐにヴェンツェルに駆け寄った。

 「ヴェンツェル、何があった!?」
 ヴェンツェルは答えない。必死の形相をしながら、手で口を押さえつけていたので喋れなかったのだろう。今にも何かを吐き出しそうだった。
 ローデリヒがヴェンツェルの背中に優しく手を掛けてやると、やけに冷静なマスターがバケツを持ってきた。
 「もう……ワインは諦めたらどうです?」

 そう言われた瞬間、ヴェンツェルは口の中に含んでいたものをゆっくりとバケツの中に吐き出した。粗い呼吸を整えようと深呼吸をする。
 ローデリヒはマスターの言ったことが理解できなかった。ヴェンツェルを介抱しながら、怪訝な表情でマスターに訊いた。
 「ワインがどうのって……何だ?」
 「ヴェンツェルくんはワインが飲めないんでしょうね、だからかワインで口をゆすいでるんですよ」
 「ん……?」
 とてもあっさりと言われた回答に対し、ローデリヒは再度何も理解できず、頭上にハテナが浮かぶような感覚だけを得た。


​© 2020-2024 FUJi_2_FUJi All rights reserved
この作品はフィクションです。
実在する人物や団体、事件や情勢などとは関係ありません。


 

bottom of page