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Episode-2
~ Middle Game ~

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 マスターは話を続ける。
 「ヴェンツェルくんが初めてここに来た時、お父様と一緒にワインを飲んだら吐いてしまって……苦手になってしまったんでしょうね、でもそれ以来、ワインを頼んでは口をゆすいで――」
 「喋るな」
 唸るように言葉を遮ったのはヴェンツェルだった。落ち着いてきたか、ローデリヒの側を離れると、自分の力で椅子に腰掛けた。
 「……その内飲める」
 弱々しく呟いたヴェンツェルに対し、ものを吐き出した口で何を言ってるんだ、そう言いたげな視線が四方から突き刺さる。無意識的にローデリヒも同じ視線を送っていた。

 こっそり、マスターがローデリヒに耳打ちしてきた。
 「苦手を克服しようとしているらしいのですが、16年、彼がワインを飲めた瞬間を見たことがありません」
 「ほう、そうか……」
 ローデリヒは適当な言葉が思いつかず、どう返したら良いか迷ってしまった。苦笑交じりに相槌を打つローデリヒの横で、マスターはくすくすと笑いながら耳打ちを続けた。
 「もしかしたら彼、お酒自体、飲めないのかもしれませんね。憶測でしかないですけど、自分が今までヴェンツェルくんに提供してきた飲み物は、水か口をゆすぐ為のワインしか記憶にないんです」
 「え? 何故ヴェンツェルは、飲めないにも関わらず10年以上も同じ事を続けているんだ?」
 「さぁ……強がりじゃないですかね」

 マスターとローデリヒがぼそぼそと噂する一方で、ヴェンツェルは半開きだったケースの中身を出そうと手を掛けてはいるが、どうしても動く気にはなれていないように見えた。大きな溜息をつくと、ローデリヒと目が合った。
 微細な表情の変化だったが、ヴェンツェルはローデリヒをギッと睨みつけていた。何やら威嚇されたような気がしたローデリヒは、ヴェンツェルの為を思い、素直に帰ろうとした。
 とてもじゃないが、チェスをしようと誘える雰囲気じゃないのは誰もが理解していた。



 酒場での出来事から2日後。
 あれからというもの、ヴェンツェルがラーテノーの大通りを歩いていると、さも当たり前のようにローデリヒと遭遇するようになった。
 ローデリヒが、のほほんとした笑みで挨拶をしても、ヴェンツェルが答えることはない。無視して横を通り過ぎて行く。

 当てもなくフラフラと歩き続け公園のベンチに辿り着いても、目を細くしてよく見てみると大木の陰からローデリヒがキョロキョロと探し回っているのが見えた途端、すぐに公園から出ていくことも少なくなかった。
 運河沿いの向こう側で目が合うことも、スーパーマーケットで買い物してる最中に隣の棚に居たこともあった。
 こういったローデリヒの行いは、ヴェンツェルへの単なる興味から起きているものだが、無論ヴェンツェルにとっては迷惑でしかない。


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この作品はフィクションです。
実在する人物や団体、事件や情勢などとは関係ありません。


 

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