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Episode-5
~ Key Square ~

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 「ゴットホルト・ボルマン、ジェフリー・スマート……ヴェンツェル・ツア・ミューレン、そしてアンゼルム・アルベルト・レーダー、最後にフロレンツ・ハイアーマン」
 ローデリヒがメモを見ながら列挙した人名は、全て事件当時から名の知れたチェスプレイヤーのものであり、アンパッサン事件の被害者である。メモをよく見ると、人名が記された下部には『スタイルが好みじゃない、アメリカ人はよく知らない、次はウチの猫を自慢したい、傲慢、態度が気に入らない』という一部を除き忌憚のないコメントがオマケ程度に書かれていた。

 「なあ、そもそもどうしてチェスプレイヤーばかりが狙われたんだ? 5人も連続してるなんて偶然じゃ済まないぞ。ヴェンツェル、心当たりはないのか? 例えば、誰かの恨みを買ったとか」
 ローデリヒの疑念に対し、ヴェンツェルは苦い顔をする。
 「覚えてない」
 「まぁ、そりゃ10年も前のことだからな。覚えてなくても仕方がないか……話を変えよう」
 お互いに深く溜息をつき、椅子の背もたれに寄りかかる。先に前のめりになって口を開いたのはお喋り好きなローデリヒだった。

 「君は気づいてないかもしれないが、実は、」
 「帰る」
 不意に席を立ったヴェンツェルに驚いて、ローデリヒの喉から危うく情けない声が出かかった。

 突如意識が朦朧とし、目を細めながらゆらりゆらりと酒場の出入口まで歩くヴェンツェル。薄れゆく意識の最中でも、後ろからローデリヒが引き留めようと迫っていることははっきりと知覚することができた。
 「いやいやいや! もっと話をさせてくれよ、面白い話があるんだぞ」
 「……ダルいんだ、帰らせて」
 力なく呟いたヴェンツェルは悄然とした様子でドアノブに手を掛ける。そんなヴェンツェルを見て演技ではなく本気でその場を離れようとしているのだと理解したローデリヒは、軽く別れの挨拶を済ませた後、
黒ビールを残したままのテーブルに戻った。


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この作品はフィクションです。
実在する人物や団体、事件や情勢などとは関係ありません。


 

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