
Episode-3
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「まさか、事件から逃げるつもりか?」
「アンタには関係ないだろ」
小声で言い返すヴェンツェルを見兼ねて、ローデリヒは堪らず椅子から立ち上がる。
「逃げてばかりでどうにかなると思っているのか? それでは解決にならないだろう」
ヴェンツェルにとって、ここまで気迫が籠っているローデリヒの面持ちは今まで見たことがない。普段のヘラヘラと笑う姿が嘘のように感じられる。無理に説き伏せてまでアンパッサン事件や自分の問題に介入しようとするローデリヒの行動に疑問を抱いたヴェンツェルは、表現し難い、もどかしい感情に苛まれた。
「解決って……簡単に言ってくれるなよ」
探偵でも警察でもないローデリヒが話を聞いたところで、事件が解決する訳ではない。軽々しく解決という言葉を使われ苛立ちを覚えたヴェンツェルは、ローデリヒについ口答えしてしまった。
ローデリヒは真っ直ぐにヴェンツェルを見据え、更に畳みかけるように言い放つ。
「今の君は、相手の駒から逃げるように疑問手ばかりを差しているようなものだ。このままではステイルメイト(引き分け)になってしまう……いや、君らしく言うなれば、ツークツワンクに陥ったまま、勝利の一手を決められずチェックメイトをされるだろう」
ヴェンツェルは静かに圧倒され、押し黙ってしまう。項垂れ、今にも身震いしそうでもあったが、説教じみたローデリヒの放つ言葉は正しかった。
「私は……君を助けたい。できることなら、未解決のあの事件を解決して、君だけじゃなく、多くの人の不安を無くしたいさ。歯がゆい思いをしながら生きて、何もできずに死ぬのはゴメンだからな! ……あと、君とチェスがしたいから、助けたい」
誠実な言葉の後に、余計な一言がついた。言い終えたローデリヒは頭を掻きながら、いつものヘラヘラとした笑顔を見せる。
普段は軽々しく振る舞うローデリヒに一切動じないヴェンツェルだが、今日は違った。相変わらずなローデリヒの様子を見て微かに笑みを浮かべていたのだ。
「どうしてもだ、これだけは外せない」
「……まったく、しつこすぎるな」
このヴェンツェルの呟きは、ローデリヒの純粋な厚かましさに半ば諦めたようなものだった。だが、生まれて初めて他人と共通の趣味について話し合えた事は、ヴェンツェルの心境を改めさせるには十分であり、ローデリヒを信頼してみようという気持ちにさせた。
「その内、シュトラーセでやろう」
「シュトラーセって、あの酒場の事か? もちろん行くとも! ああ……ワクワクするね!」
それは、ローデリヒにとって願ってもない申し出だった。今までロクに取り合ってくれなかったヴェンツェルからの申し出で、つい舞い上がってしまった。先程とは打って変わって子供のように喜ぶローデリヒの様子を見たヴェンツェルは、なぜだか馬鹿馬鹿しく思えて自ずと鼻で笑った。
初めて会った時のような緊迫した空気がヴェンツェルとローデリヒの間に流れることは、もうない。