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Episode-1
~ Opening Game ~

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 「やあ。わざわざ外でチェスをするなんて、ロマンチックじゃないか」
 酒場の周辺を通りかかった如何にもな老紳士がヴェンツェルに話しかける。しかし駒に釘付けになっているせいか、反応が返ってこない。
 にこやかに挨拶するも無視された老紳士が一度空を見上げ一考すると、ヴェンツェルの前に置かれていた黒のクイーンをつまみ、ボードの左側にコツンと置いた。
 邪魔が入ったと思ったか、ようやくヴェンツェルが口を開く。

 「そこ置くと俺が負けるんだけど」
 「そうなる前に一局やらせてくれないか? 私はローデリヒだ。よろしく」
 「初めて聞いた」
 「生まれはザクセン=アンハルトなんだが、長らくイタリア育ちでね。3年前に帰国したばかりさ」
 「そう」
 ローデリヒと名乗った初対面の人物に対し、ヴェンツェルはぴしゃりと冷たく突っぱねた。しかし心無い対応をされたにも関わらず、まるで何も聞いていないかのように、ローデリヒがヴェンツェルの対面に座った。眉間に皺を寄せるヴェンツェルを気に留めず、真っ直ぐに見つめ、腕を組みニッコリと口角を上げる。

 そんなローデリヒを見て、何か圧のようなものを感じたヴェンツェルは、軽く溜息を付くとチェスセットをケースに仕舞いこみ、立ち上がった。
 「どうぞ。よっぽどこの席を使いたかったんだな」
 「や、ややや、待て待て待て。君はチェスプレイヤーなんだろう? まさか、一丁前の格好で駒を並べてるだけだったのか?」
 去ろうとしたヴェンツェルを引き留める。
 「……さっきやってたけど、つまんなかった」
 「ほう? だったら私が相手になろうじゃないか」
 「やだ」
 ヴェンツェルはまたしてもぴしゃりと冷たく、ハッキリと断った。同時に、ローデリヒに背を向けて逃げるように前進する。

 席に座ったままのローデリヒは、ヴェンツェルとの距離が伸びていこうと構わず引き留めようと大声をあげた。
 「私が今まで相手にした奴は殆どがイタリア人だった。母国のチェスプレイヤーとはあまり対局したことがないんだ。記憶が正しければ、もしかしたら君が初めて私と対戦するドイツ人チェスプレイヤーになるかもしれない!」
 ローデリヒの自分語りはヴェンツェルに全く聞こえていないらしい。歩みを止めないヴェンツェルに聞いてもらえるよう、ローデリヒの声量は自然と大きくなる。
 「ああ、そうだ、君はハンサムな顔をしているな! でも何で左目を隠してるんだ? お洒落か? ほっぺに飾りも付いてるなんて若者らしいな!」
 ピタリ、ヴェンツェルの片足が止まった。その瞬間、褒めれば素直に応じてくれる単純な男だったかとローデリヒは期待を寄せていたが、ヴェンツェルの様子を見てみると、窓越しにマスターへの挨拶を済ませていただけだった。すぐにヴェンツェルの姿が期待と共に遠のいてしまう。


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この作品はフィクションです。
実在する人物や団体、事件や情勢などとは関係ありません。


 

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