
Episode-1
~ Opening Game ~
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【2018年】
『天井知らずTV! さぁ今週もやってまいりました。約30分間、ぜひ最後までお付き合いくださ~い。さて、今回のテーマは?』
『はい、アンパッサン事件についてです。あの事件から8年が経とうとしています』
『ああ……どうして今の今まで謎のままなんだ! 早速だが、そんな事件で起こった出来事を振り返ってみよう』
画面の向こうのコメンテーターが、重苦しい内容を軽快に話す。
白髪の老紳士はコーヒーカップを片手に、一見チェス専門とは思えない番組をジッと見つめている。
老紳士の隣から、ムスッとした表情の女の子が話しかけてくる。
「パパ、チャンネルを変えたいんだけど」
「ちょっと待ってくれ、始まったばかりなんだ」
娘にリモコンを取られまいと、父親である老紳士は抵抗する。その間にも番組は忙しなく進行していく。
『チェスプレイヤーなら、恐らく全員が知っていることでしょう。アンパッサン事件は、今から8年前、2010年に起きた恐ろしい通り魔傷害事件です』
『当時、グランドマスター候補と噂されたゴットホルト・ボルマン氏を始め、5人の有名チェスプレイヤーが、アンパッサンでテイクされたポーンのように後ろから外傷を負わされた不思議な事件で、被害者の中には幼少期からチェス界で異質な存在を放ってきた、あのヴェンツェル・ツア・ミューレン氏も含まれていたんだ。まったく怖い事件だよね!』
画面は事件当時のニュース映像と、被害にあったという5人の人物の写真を生々しく映している。厳格そうな顔立ちの中年。ブロンドヘアのアメリカ人。冷然な表情の若者。笑顔を見せるふくよかな丸顔。シミだらけのひげ面。後半は特にロクな写真が使われていないようにも思えた。
『でもね、本当に怖いのは、このアンパッサン事件が未解決だってこと。今こうして番組が放送されていても、犯人は野放しになってその辺を歩き回ってるかもしれないんだ! アンパッサン事件の犯人さん、もしこの天井知らずTVをご覧になっているのであれば、そろそろ出頭を考えてはくれないでしょうか?』
「……変な番組。ねぇパパ、早くリモコン貸して」
つまんなさそうな顔をする娘が、老紳士に向けて手のひらをひょいひょいと動かしてきた。
「いや、待ってくれ、もう少し」
番組はまだまだ続く。
『4人目として被害にあった、アンゼルム・アルベルト・レーダー氏はこう語っています』
『ひどいモンだよ、どうして僕なんかが狙われなきゃいけなかったんだ? 頭にきたね』
『うーん、だよね~! 個人的には、一番ひどい怪我をしちゃったツア・ミューレン氏に話を伺いたかったんだけど、あの彼、あんまりインタビューに応じてくれないからね!』
『そうですね。と、そろそろ終了のお時間がやってまいりました。次回はラルフ・イェルク氏の過去インタビューを、振り返って特集します』
『天井知らずTVは毎週木曜日、夕方4時からの放送です! また来週も、お付き合いくださ~い!』
明るいジャズミュージックをバックに番組が終わり、別の番組へと移行した。待ちぼうけていた娘の溜息も、老紳士のすぐ傍でかすかに聞こえる。
気が付けば、老紳士の手元からはリモコンがひったくられており、テレビの画面には優雅なコンサート番組が映っていた。
「もう! いつもはすぐに貸してくれるのに、パパらしくないわ」
「知らなかった……まさかこんな事になっていたなんて」
「え?」
いつになく真剣な顔だった老紳士の呟きに、娘はキョトンとする他なかった。